先日、群馬県はみなかみ町にある名胡桃城址を探索してきました。
名胡桃城址は、今話題のNHK大河ドラマ『真田丸』に登場する真田幸村の父・昌幸が北条家が支配する沼田城を調略(戦わずに攻略すること)する際に拠点にした山城です。
また、名胡桃白は約120年続いた戦国時代に終止符を打つキッカケになったお城でもあります。
日本史を語る上で欠かせない歴史を動かした名胡桃城
昌幸が沼田城を調略した後も真田家と北条家の沼田城、利根沼田地方を巡る小競り合いは続きます。
それを見兼ねた彼の天下人・豊臣秀吉は利根沼田地方の裁定に乗り出します。結果、利根川を境に東が北条家、西が真田家の領土になりました。これにより沼田城は北条家のもの、名胡桃城は真田家のものになりました。
ようやくこれで一見落着かと思いきや、それを不服とした北条方の沼田城代・猪俣邦憲(いのまた・くにのり)が名胡桃城に侵攻、攻略してしまいます。
この時、秀吉から関東・欧州の各大名に「惣無事令(豊臣秀吉が大名間の私闘を禁じた法令)」が出されていたのですが、法令を破った邦憲に秀吉は激怒し、北条家の本拠地である小田原に挙兵します。
これが彼の有名な秀吉の天下統一を決定づけた「小田原征伐」です。
つまり、邦憲が「惣無事令」を破って名胡桃城を不法に攻略した「名胡桃城不法攻略事件」が戦国の世に終わりを告げるキッカケになったというわけです。
豆知識
ちなみに真田幸村が初陣したのが「小田原征伐」と言われています。
次週、ドラマで「第一次上田合戦」が描かれるみたいです。その5年後が小田原征伐なので、近いうちに名胡桃城もドラマにガッツリ絡んで来るんじゃないでしょうか(2016年3月31日現在)
今回はそんな歴史を動かす事件の舞台となったお城の址・名胡桃城址を探索した時の様子をお伝えすると共に名胡桃城址の隣にある「名胡桃城跡案内所」で開催されている真田丸展の様子をお伝えします。
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名胡桃城址を探索
入口付近に立つ柱。
ここから馬出→三郭→二郭→本郭→ささ郭と見て回れ、谷を挟んだそれらの対岸には般若郭があります。
ちなみに名胡桃城には天守は造られませんでした。
こちらは「馬出(うまだし)」です。
名胡桃城址にあった案内によれば、城の出入口の外側に堀や土塁で造った防御・攻撃施設で、発達し大型化すると出丸(でまる)とも呼ばれ、特に大阪城に真田信繁(幸村の正しい名前)が築いた「真田丸」が有名ですとのこと。
な、なるほど~今回の大河のタイトルはここから来ていたんですね~完全に造語か何かかと思っていました笑
こちらは「三郭(さんのくるわ)」です。
ちなにみ郭とは、城の周囲に築いた土や石のかこいのことです。
つまりまぁ防御施設です。
こちらは「三郭」に築かれた「三日月堀」です。
こちらは「三郭」と「二郭」を繋ぐ「二郭南虎口」です。
こちらは「二郭」です。
こちらは「本郭」です。
と、本郭にはこのような石碑が建てられています。
こちらは「ささ郭」です。
このように旧月夜野町の景気を一望できます。
こちらは「般若郭」です。
現在、治山工事中です。
「名胡桃城址」の写真は以上です。
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真田丸展
真田丸展は「名胡桃城址」の直ぐ隣にあるこちらの「名胡桃城跡案内所」で開催されています。
館内の撮影許可が下りました!
以下、館内の様子をご覧ください。
写真は以上です。
アクセス
住所:群馬県利根郡みなかみ町下津3437
月夜野ICから直ぐです!
あなたも真田家縁の地を自分の目で見て肌で感じてみてはいかがでしょうか。
そうすればドラマがより一層面白くなること請け合いです。
それでは失礼します。